岐阜市川原町 −信長天下統一の拠点の城下町−

岐阜市が「美しい日本の歴史的風土100選」に選ばれたのは、 「岐阜城跡、寺院群、歴史的町並みなど、長良川の水運や中山道、郡上街道の陸運によって栄えた往時の姿を残している。」 という地域概要によるものです。今回は、長良川の水運によって栄えた「川原町」を訪問しました。

中山道の宿場町として栄えた加納宿、中山道編(⇒こちら)に載せてあります。

岐阜は、斉藤道三、織田信長の時代に岐阜城の城下町として栄えました。 江戸時代になると岐阜城が廃止され加納城に移転したため、城下町としての機能がなくなりましたが、 長良川の水運を生かした商人の町として再び栄えることとなしました。

川原町
川原町という名は、湊町・玉井町・元浜町一帯の総称として古くから使われてきました。 斉藤道三・信長の時代に市場が開かれ、商業の拠点として繁栄し、江戸時代には長良川役所が置かれ、 紙問屋や材木商などが軒を連ね、その名残を現在の格子のある町屋などに留めています。(案内板より)

長良川では、夏になると鵜飼が行われます。
こちらは鵜匠と鵜の像です。



川原町には鵜飼観覧船の乗り場があり、鵜飼見物をする観光客が訪れます。

 

格子窓・袖壁の建物や蔵が残されています。
豪邸は存在しませんが、古く落ち着いた町並みを見ることができます。

 

 

名古屋周辺でよく見られる“屋根神様”。
一階の屋根の上に飾られるのが特徴です。



足湯ならぬ“手湯”が設置されていました。和風のベンチもあり、腰を下ろして休憩も出来ます。



川原町を訪れた日は、春のポカポカ陽気。ネコもぐっすりお昼寝中でした。




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