岩村城址

岐阜県恵那市岩村にある岩村城は、本丸の位置が海抜717mと、日本の山城の中で最も高く、 そのため備中松山城、大和高取城と並んで日本三大山城に挙げられるお城です。 岩村城付近は霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城とも呼ばれました。 明治時代に城の建物は解体されましたが、現在でも石垣が残されています。

岩村城途上口には太鼓櫓が復元されています。
太鼓櫓とは、時を知らせるために太鼓を打ち鳴らした施設です。

太鼓櫓

太鼓櫓の裏にある駐車場に車を止めて、登城開始です。

登城開始

歩き始めてすぐに「熊出没 注意!」の看板を発見。

熊出没

本丸までは約700mで、それほど距離があるわけではないのですが、太鼓櫓を過ぎると急な登り坂になり、登るにはかなり労力を要します。
この日は天気が良く、左手には御嶽山がきれいに見えました。

本丸への登り坂 御嶽山

薄暗い森の中へと進んでいきます。

本丸への登り坂

所々に、この様な案内板が設置されています。このあたりは「藤坂」と呼ばれ、岩村城守備陣の前衛の役割を持っていたそうです。

藤坂

本丸まで600m地点。
登り坂が続いてすでに足はガクガクし始めているというのに、登城口からまだ100m程度しか歩いていないのか。。。

本丸まで600メートル地点

ここで大きく左にカーブ。
これ以降も道が何度か大きく曲がっていました。

本丸への登り坂

登り続けると、ようやく石垣が見えてきました。
ここは「一の門」があった場所で、ここから先が岩村城の本城になります。
江戸時代には櫓や番所が設けられ、城に出入りする人を取り締まっていました。

一の門跡

本丸まで約200mの地点には「大手門」がありました。
大手門は城の防衛上、最重要な門で、江戸時代には荘厳な櫓があったそうです。
大手門の手前には「畳橋」が設置されており、滴が攻めてきたときには橋を落として敵の進入路を断ちました。 また防衛のため、大手門付近で道は大きく折れ曲がってます。

大手門跡

下の写真は、岩村城が「霧ヶ城」と呼ばれるきっかけとなった井戸です。

霧ヶ井
霧ヶ城といわれる元となった井戸。 敵が城を奇襲したとき、この井戸へ城に秘蔵の蛇骨を投げ入れると 忽ち霧が立ちこめ城を覆い隠したという伝説があります。 この水は今も絶えることなく湧きだし、 昭和62年に岐阜県の名水50選に認定されました。(岩村町) (案内板より)

霧ヶ井

本丸まで100m地点。まだ本丸は見えません。
敵がなかなか本丸に辿り着けないような城の造りになっているようです。

本丸まで100メートル地点

ようやく本丸の石垣が見えてきました。

ようやく本丸が見える

本丸の下までやってきました。本丸はこの高い石垣の上にありました。
まるで天守閣のような構造ですが、本丸です。

本丸の石垣

本丸へと続く階段です。
パッと見は行き止まりなのですが、実は正面に本丸があります。
ここでも道はクランク状になっており、簡単に本丸に侵入できないようになっています。

クランク型階段

階段を上ると、やっと本丸に到着です。
戦国時代に、武田信玄の攻撃を受けてもなかなか岩村城は落城しなかったそうですが、
鎧を身につけてここまで攻め上ってくるのは至難の業だったと思います。

本丸跡 本丸跡

本丸から東方面を眺めると、恵那山の頭が見えました。

恵那山

本丸からは生い茂った木のために見えないのですが、本丸の横に位置する出丸からは、岩村城の城下町が小さく見えます。 本丸がいかに高い位置にあるかが分かります。
ちなみに岩村城は1989年に「日本の秘境100選」に選定されています。
 →岩村町の町並み

城下町の眺望

さすがは日本三大山城の一つだけあって、登るのは実に大変でした。


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